電車が来ないエキナカ、宇宙ステーションの苦しい立場

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華やかなISSも台所事情は苦しい。(c)NASA

12月22日、キャロライン・ケネディ駐日米大使と、岸田文雄外相ら3閣僚は、これまで2020年までとされてきた国際宇宙ステーション(ISS)への日本の参加を、2024年まで延長することに合意しました。さかのぼる12月11日には油井亀美也宇宙飛行士が、5か月間滞在したISSから帰還。小惑星探査機「はやぶさ2」や金星探査機「あかつき」の話題と合わせて、年末は日本の宇宙開発の明るい話題で一杯になりました。

しかし明るいニュースが多いように見える半面で、実はISSをはじめとする日本の有人宇宙開発は今、非常に厳しい立場に置かれています。

圧倒的な「有人宇宙開発不要論」

日本の宇宙政策は、総理大臣を本部長とする宇宙開発戦略本部が決定することになっています。しかし、実際の宇宙政策を立案するのは内閣府宇宙政策委員会です。宇宙政策委員会が設置されたのは2011年で、時の内閣は野田内閣。安倍内閣に代わってからも宇宙政策委員会のメンバーは変わっていません。

この宇宙政策委員会でのISSの扱いは一貫して、冷淡と言うに尽きます。ほとんどの意見は「有人はお金がかかるから無人で良い」というものです。議事録を見ても建設的な議論がされた形跡はなく、委員の1人である山崎直子宇宙飛行士が「ちゃんと有人の議論をしましょう」という趣旨の意見書を出したことがあるくらいです。

逆に言えば、ここまで不要論があればISSへの参加を打ち切っても良いくらいに思えますが、結局は2024年まで参加延長を決定。予算は「できるだけ安く」という、消極的な方針で組まれています。どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。ISSの歴史をひもとくことから始めてみましょう。

宇宙ステーション参加は「ロン・ヤス」でスタート

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模型で説明するレーガン大統領(左端)と中曽根首相(右端)(c)NASA

現在のISSに至る計画がスタートしたのは、1984年のロナルド・レーガン米大統領(当時)の演説からでした。アポロ計画で月に着陸し、スペースシャトルで宇宙飛行を日常のものとしたアメリカが次に目指したのは、人が宇宙で常時活動できる拠点作りだったのです。

当時は冷戦時代。アメリカにとってはソ連との宇宙開発競争が念頭にあったことは言うまでもありません。宇宙開発で後れをとることは、人類が利用できなかったフロンティアをソ連に独占させることを意味していました。アメリカは西側の盟主として、ソ連より立派な宇宙ステーションを作り、友好国と一緒に宇宙へ行くことを提案しました。

この提案にヨーロッパ宇宙機関(ESA)、カナダ、そして日本が参加しました。当時の日本は中曽根康弘総理大臣。レーガン大統領とは「ロン・ヤス」の関係と言われるほどの蜜月時代。宇宙ステーションへの参加はまさに日米同盟の象徴だったのです。

宇宙ステーションは「電車が来ないエキナカ」に

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初期の宇宙ステーション案には、箱のような宇宙ドックが備えられていた。(c)NASA

アメリカが考えていた宇宙ステーションは、その名の通り宇宙船の「駅」でした。地球から打ち上げられたスペースシャトルが人や機材を宇宙ステーションに届け、宇宙ステーションでは人工衛星や宇宙船を組み立ててさらに遠くの宇宙を目指すというものです。スペースシャトルは、ひんぱんに、安い運賃で飛ぶことになっていました。

そこでアメリカは、日本とヨーロッパに、宇宙ステーションに取り付ける実験室を作らないかと提案しました。定期便のスペースシャトルと常駐の宇宙飛行士を使って、実験もできれば便利だと考えたのです。多くの人が行き来する駅に便利な機能を追加する発想は、ちょうど「エキナカ」とそっくりです。

しかし、宇宙ステーションの開発は順調ではありませんでした。宇宙で機械を組み立てたり整備したりするのはとても大変で、たった数人の宇宙飛行士では手に余りました。そしてスペースシャトルは2回の事故もあり、飛行回数は少なく抑えられ、運賃は高騰しました。設計変更を重ねた結果、当初アメリカが考えていた「駅」としての機能はほとんどなくなってしまいました。ソ連崩壊でロシアも参加することになり、名前も国際宇宙ステーション(ISS)と呼ばれるようになりました。

スペースシャトルも退役した今、ISSには各国の使い捨てロケットが人や物を運んでいます。駅に店を出すつもりだったのに、電車の線路が敷かれなかったのでバスで人を運んでいる。ISSは「電車が来ないエキナカ」になってしまいました。

費用対効果がわかりにくい宇宙実験

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日本の宇宙実験室「きぼう」(c)JAXA/NASA

宇宙ステーションと言うより宇宙実験室になってしまったISS、そして日本の宇宙実験室「きぼう」ですが、その出自が「まず宇宙ステーションありき」であったため、科学実験の費用対効果もわかりにくいものになっています。

宇宙での実験は「宇宙で実験をすれば、地上ではわからないことがわかりそうだぞ」というものです。もちろん基礎科学は、研究成果があってもそれが何の役に立つかは、すぐにはわからないことが往々にあります。それでも一般的には、「こういう実験をしてこういうことを研究したい」と言ってお金を使いますから、使ったお金と成果の関係はわかりやすいものです。

日本が「きぼう」に使った予算は1兆円近くにのぼり、現在も年間400億円近い費用が掛かっています。この費用を使って様々な実験や研究が行われていますが、大学などに「きぼう」の使用料を請求しているわけではないので、個々の実験費用は実験そのものの費用だけで済みます。JAXAなどはこれを「宇宙実験が安くできる」と説明していますが、逆に言えば400億円の年間維持費に見合う成果を上げているのかJAXA側が説明を迫られる結果になってしまっているのです。そしてその費用は、「エキナカ」だった頃の想定よりはかなり高くなってしまったはずです。

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予算を抑えた結果、「きぼう」を維持するのに精いっぱいで宇宙実験の準備にお金が回せない、といった問題も起き始めています。「アジア諸国に使ってもらったり、アジア諸国の宇宙飛行士を乗せて国際協力に役立てよう」という話も出ていますが、本音を言えば実験準備や宇宙飛行士訓練の費用を、外国に出してもらいたいのです。

宇宙と南極、共通する「領土問題」

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南極観測船「しらせ」が日本独自の南極観測を支えている。(c)海上自衛隊

こうして見てくると、そもそも宇宙ステーション建設は冷戦時代の政治的なものが発端で、その後の経緯から意義自体が失われてしまったようにも思えます。でも、本当にそう言い切ってしまって良いのでしょうか。

そもそも宇宙開発の重要な動機のひとつは、宇宙を他国に独占させないということでした。宇宙条約で、宇宙空間や月などの天体は、領土として領有できないことになっています。しかし、宇宙空間や天体に行ける国が1つしかなければ、その国が何をしても止めることはできません。そこに未知の資源があったとしても、自分が行くことができなければ独占されてしまいます。

これと同じことは、南極でも起きています。南極も条約によって、各国はそれまでの領有宣言を棚上げした状態になっていて、科学調査や資源の利用は協力して行うことになっています。しかし、そもそも南極探検を自力で行うことができない国には、発言の説得力がありません。

1959年に発効した南極条約の最初の締結国12か国に、日本は含まれています。戦後間もなく経済的にも苦しかった日本は、敗戦国に資格なしとの批判に対抗して南極観測をスタートさせ、「南極クラブ」の席を確保したのです。

宇宙にもこれと同じことが言えます。日本は世界で4か国目の人工衛星打ち上げを成功させ、ISSの参加国として宇宙飛行士を送り込んでいます。だから日本は、国際会議の場で宇宙利用のルール作りをする際にも、はっきりと意見を言うことができるのです。

今後は中国やインドといった国々が発言権を強めてくるでしょう。人類が宇宙進出していく時代に、日本はそこにしっかりと席を置く。宇宙は領有できないからこそ、活動の実績を示し続けなければ発言権を維持できません。ISSの「きぼう」モジュールは、実質的に日本の領土なのです。

国際協力の手段としての科学

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ケネディ宇宙センターに並ぶISS参加国の国旗(c)大貫剛

国と国とが武力で争えば戦争になりますが、他の方法で争えばそれは素晴らしい成果をもたらすことがあります。その代表格が、スポーツと科学でしょう。

フロンティアに進出するとき、科学は国同士が争わずに協力できる最良の共通目的になります。南極での活動が科学中心なのも、それがいちばん波風が立たないからです。研究成果が費用に見合っているかという問題は常に科学につきまといますが、南極観測を続けなければならない政治的な理由は、暗黙の了解になっています。

しかし近年は、その暗黙の了解が揺らいでいます。南極観測でも、砕氷船建造予算が確保できずに外国の船を借りたことがありました。そして宇宙ステーションが置かれている状況は、前半で述べた通りです。

文部科学省は「宇宙探査新時代の幕開けと我が国の挑戦」という文書を発表し、有人宇宙探査への日本の参加は、人類の活動領域拡大や民間企業の宇宙進出へ向けた新しい国際ルールを作る際の発言権確保に必要だと、強く語っています。しかし内閣府の宇宙政策委員会は、その点についてほとんど触れず、今より少ない予算でもっと成果を上げろ、という程度のことしか言っていません。

本来なら、こういった本音は裏に隠しておいて、科学という波風の立たない建前で進めていくのが外交ではないでしょうか。ところが有人宇宙開発では、科学側の代表者である文部科学省が本音を言い、政治決定するはずの内閣府が科学的成果に固執するという逆転状態になっています。

日本の宇宙開発の本気度は

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日本独自の宇宙ステーション輸送手段、H-IIBロケットと宇宙ステーション補給機「こうのとり」(c)JAXA

このように、日本は最初に宇宙ステーションに参加する政治決定をして以来、ずっとその意義を科学だけに求めてきた結果、次は何をするべきかという意思決定を避け続けてきました。この間に中国が有人宇宙船や宇宙ステーションを開発し、次期国際有人探査の検討にも加わっています。

意志を持っていない日本は、国際有人探査での具体的な提案ができずにいます。次の旅行をどこにするか決めているときに、「僕は特に意見はないから、みんなで決めて」と言っているような状況です。そんな中で新規参加の人が「僕は自分の車を出せるよ!」と言っているのですから、発言権がそちらへ移ってしまうのも当然でしょう。

もう斜陽の日本には、国際有人探査に参加する余力はないという考えの人もいるでしょう。それもひとつの正解かもしれません。しかし国際有人探査に参加する国々は、日本より国力のある国ばかりではありません。それぞれの国が自分にできる最も効率的な方法で参加しようとしている中で、日本は積極的な提案もせず、かといってやめる決断もできず、ただ「もう4年、今まで通り続ける」という決定だけをしたのが、今回の日米合意と言えるでしょう。

21世紀の日本が、小さくても輝かしい技術を持った国として生きていくのか、人類の進歩から一歩遅れた国としてつつましく生きていくのか。その決断が必要なのではないでしょうか。

 

宇宙探査新時代の幕開けと我が国の挑戦(文部科学省)

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大貫 剛
東京都庁に技術職職員として11年間勤務後、民間宇宙開発を志して退職。ベンチャーを経て、宇宙開発や前職の経験を生かして公共事業に関する解説などの、情報発信をしている。宇宙作家クラブ会員。

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