震災を見守った地球観測衛星「だいち」の物語

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東日本大震災の発生から7か月を経た、2011年10月18日。和歌山県にある海上保安庁の観測所から宇宙へ向け、一筋のレーザー光線が発射されました。その先にあったのは、既に機能を停止し、静かに地球を回り続ける1機の衛星でした。

定年を迎えた衛星が見たもの

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画像:陸域観測技術衛星「だいち」の想像図。角度を変えて撮影することで立体視も可能。

地球観測衛星「だいち」は、正確には陸域観測技術衛星という名の、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の衛星です。2006年1月24日に打ち上げられて以来、その名の通り地球の陸地を撮影し続けてきました。

「だいち」には3つのセンサーが搭載されていました。分解能(地上の物を見分ける細かさ)2.5mで、立体的な白黒写真を撮影できる「プリズム」、分解能10mながらカラー撮影ができる「アブニル2」、そして電波を使って雲に関係なく撮影ができる「パルサー」。これらのセンサーを使って日常的な地図作成のほか、2006年のジャワ島地震、2008年の中国四川地震など世界各地の災害を観測し、情報を提供しました。

「だいち」は少なくとも3年、できれば5年観測できるように設計されていましたが、2011年1月には打ち上げから5年を経過。いわば、定年を迎えたけれど健康なので、仕事を続けられるという状況にありました。そんな中、3月11日の東日本大震災を迎えます。

「だいち」は地球上の特定の地域の上空を1日に2回通過し、撮影することができます。震災発生直後に緊急撮影計画を作成して衛星に送信、翌3月12日に最初の撮影を実施します。定年を迎えた「だいち」の目に写ったのは、地震と津波に傷付けられた「故郷」、日本列島の姿だったのです。

災害を見落とさないための衛星観測

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画像:「だいち」が捉えた東松島市、石巻市。赤い部分は津波で浸水している区域。

3月12日といえば、前日の津波の映像が繰り返しテレビで流れ、徐々に被災地の様子が伝わり始めてきた頃です。こういった生々しい情報があふれる中でも、衛星の観測画像は非常に重要なものです。それは、地球観測衛星は被災地全体をくまなく見ることができるからです。

「だいち」は災害の前から定期的に、日本列島の観測を繰り返してきました。災害発生直前の画像と発生後の画像を重ね合わせ、変化がある部分を抽出すると、そこが被害を受けていることがわかります。

たとえば、畑と水面では電波の反射が違います。畑のような反射のしかたをしていた場所が水面になっていれば、そこは津波の浸水被害を受けていることがわかります。山が崩れたり、建物が倒壊したりしても反射が変わります。こうして、現地からの情報が途絶えていたり、航空機からの調査で見落としていたりする場所の様子も知ることができたのです。「だいち」の観測情報をもとに、政府は救援の手が及んでいない被災地を見つけ出したり、必要な救援の規模を検討することができました。

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被害状況を観測したのは「だいち」だけではありません。アメリカ、ヨーロッパ、中国、韓国、台湾など14の国や地域、27機の地球観測衛星が撮影した画像が日本へと送られてきました。画像の枚数は、比較用に送られた震災前の画像も含めて5000枚以上。「だいち」が世界に果たしてきた貢献は、日本の窮地にたくさんの恩返しとなって返ってきたのでした。

地殻変動もとらえた「だいち」

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画像:「だいち」が捉えた地殻変動。震央へ向かって東北地方全体が滑り落ちている様子。

「だいち」が観測したのは被害の状況だけではありませんでした。「だいち」のレーダー観測は、衛星と地面の距離を正確に測ることができます。このデータを地震発生前後で比較すれば、地面の隆起や沈下を知ることができます。

東日本大震災の前後を比較した「だいち」のレーダー画像は、これまでに誰も見たことがないようなものでした。東北地方全体を覆う年輪のような縞模様は、太平洋へ向かって東北地方全体が滑り落ちるように変形したことを示しています。美しさすら感じるこの禍々しい縞模様こそが、多くの人の命を奪った、日本列島のもうひとつの姿なのです。

力尽きた「だいち」とその後

こうして東日本大震災の姿を撮り続けた「だいち」ですが、4月22日に異常が発生。23日にはバッテリーが消耗して通信が途絶えてしまいます。太陽電池などの電源機器が故障したものと考えられています。設計寿命を超えて運用されていた「だいち」は、未曽有の大災害を前にして働き詰め、力尽きるように眠りについたのです。

海上保安庁は「だいち」にレーザー光線を発射し、「だいち」に反射して地上で観測されました。東日本大震災と、それ以前からの様々な「だいち」の活躍への感謝を伝えるためのレーザー光線でした。

「だいち」はその後も、わずかずつ高度を下げながら地球を回り続けています。「だいち」が地球の大気圏に再突入し、火の玉になってその生涯を終えるのは数十年後になりそうです。

地球観測衛星の計画的な維持を

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画像:現在活躍中の「だいち2」。光学センサーを搭載した相方は2019年に打ち上げ予定。

「だいち」の後継衛星は予算の都合から、開発が遅れています。光学カメラとレーダーを1機の衛星に搭載する「だいち」と異なり、光学観測衛星とレーダー衛星を分けることになりましたが、レーダーを搭載した「だいち2」の打ち上げは2014年。光学カメラを搭載する衛星はまだ打ち上がっておらず、2019年度にまで遅れています。

東日本大震災で「だいち」が活躍できたのも、設計寿命の5年を超えた「だいち」が機能していたという偶然によるものでした。もし震災が5月以降だったら「だいち」も「だいち2」も観測できなかったのです。光学観測に至っては8年ものブランクが生じてしまいました。もちろん、この間の国際貢献もできていません。

災害への備えが途切れないよう、今後は地球観測衛星の計画的な維持が必要ではないでしょうか。

画像:JAXA、METI

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大貫 剛
東京都庁に技術職職員として11年間勤務後、民間宇宙開発を志して退職。ベンチャーを経て、宇宙開発や前職の経験を生かして公共事業に関する解説などの、情報発信をしている。宇宙作家クラブ会員。

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