宇宙でふくらむエアドーム、その歴史と未来

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宇宙でふくらむエアドーム

2016年4月8日、国際宇宙ステーション(ISS)に、小さいけれど画期的な設備が運ばれます。「ビゲロー膨張式活動モジュール」(Bigelow Expandable Activity Module、略称BEAM)と呼ばれるこの設備は、「世界初の宇宙エアドーム」とでも呼べるものです。

BEAMはISSに取り付けられると、中に空気を入れて風船のように膨らみます。風船と言っても、材質は防弾チョッキにも使われるアラミドや、消防服に使われる耐熱素材のノーメックスなどを数十層重ねたもので、スペースデブリの衝突などの宇宙環境に耐えるよう設計されています。今回の目的は耐久性を確認することなので、膨らませたあとはドアを閉め、宇宙飛行士は年数回の点検以外では内部に入らない予定です。

とても画期的に思えるこの技術、どうして誕生し、これからどう使われるのでしょうか。

広かったスカイラブ、狭くなったISS


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ISSと言うと「人類史上最大の宇宙建造物」というイメージがあると思います。確かに、地球上と同じ気圧の空気がある部分はジャンボジェットほどの広さがあり、太陽電池まで含めたサイズはサッカーグラウンドほどもあるのですが、実はISSより「広い」宇宙ステーションがありました。それは「スカイラブ」という宇宙ステーションです。

「スカイラブ」はアポロ計画が予定より早く終わったため、余ったロケットを使って作られた宇宙ステーションです。スカイラブの本体はアポロ計画の月ロケット「サターンV」の第3段をまるごと改造して宇宙ステーションにして作られました。その大きさは直径6.6m、全長14.7m、重量28.3t。ちなみにISSでも最も大きなモジュール(部屋)である日本の「きぼう」モジュールは直径4.4m、全長11.2m、重量14.8t。スカイラブはISSのモジュールよりずっと大きかったのです。

もちろんISSは多数のモジュールを連結して作られているので、全体では「スカイラブ」よりずっと大きいのですが、個々のモジュールは小さくなっています。

スペースシャトルの制限と「トランスハブ」

 

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ISSのモジュールがこのように小さくなった理由は、輸送手段にスペースシャトルが使われたためでした。スペースシャトルの貨物室は直径4.6m、長さ18mで、一部はISSとのドッキング装置に占められるので「きぼう」のサイズが限界だったのです。巨大な「サターンV」ロケットと比べると、輸送能力ではスペースシャトルは大きく劣っていました。

スペースシャトルの貨物室に収めつつ、広い部屋を作ることはできないか。こうして考え出されたのが風船のように膨張するモジュールです。宇宙ステーションのほか、火星へ往復するような長旅をする宇宙飛行士にとって、広い空間の部屋は精神衛生上も重要と考えられたからでした。ISS用に設計された「トランスハブ」膨張式モジュールは直径が8.2mと、一般的なモジュールの2倍近く、空間の広さは単純計算で4倍近いということになります。

とても広いので、「トランスハブ」は内部が3階建てに仕切られています。一番奥の1階はキッチンと食堂。2階は6人分の個室を備えた寝室。3階はトレーニングマシンを備えたジムになっていました。まさに宇宙飛行士の憩いの場として計画されていたわけですが、予算不足から「トランスハブ」の開発は中止されます。

宇宙ホテルとして復活

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NASAの技術者たちは、「トランスハブ」がいかに素晴らしいものか、そしてISSだけでなく有人火星探査にも必要なものであることを熱心に訴え続けました。火星への往復旅行は最短でも1年半かかり、宇宙ステーション丸ごとのような規模の宇宙船が必要だからです。それでも予算を打ち切られてしまったNASAは、「トランスハブ」の技術を役立ててくれる民間企業を探します。

これに飛びついたのはアメリカのホテル王、ロバート・ビゲローでした。ビゲローは「トランスハブ」を自分のビジネス、つまり宇宙ホテルとして使うことにしたのです。彼は世界初の宇宙ホテル会社「ビゲロー・エアロスペース」を開発し、2機の無人実験機を打ち上げて実際に膨張式モジュールを宇宙で実証しました。

スペースX社などが開発を進めている民間宇宙船が運行を開始すれば、ビゲロー社は実用宇宙ホテルの打ち上げに取り掛かるでしょう。その前にISSで実験をするのが今回のBEAMというわけですが、もともとISSの「トランスハブ」として開発されていた技術ですから、NASAにしてみれば自分達のアイデアが民間で育って帰ってきた、といったところでしょう。

膨張式モジュールの利点と難点

さて、この素晴らしい膨張式モジュールですが、難点もあります。それは、膨張させてから内装を組み立てなければならないということです。「きぼう」などの一般的なモジュールは打ち上げ前に内部に配線や装置を取り付けておき、宇宙に着いたらすぐに使えるようになっています。しかし膨張式モジュールはしぼんだ状態で打ち上げるので、膨らませてからでないと内部の設備を取り付けることができません。

そうなると、実験室のようにたくさんの機器を設置するモジュールでは膨張式のメリットは薄れます。膨張式モジュールが向いているのは居住スペースのように、人間の心を癒す空間です。その究極の形が宇宙ホテルということになります。膨張式なら大きなモジュールを作れるだけでなく、宿泊客用の個室を小さなロケットで打ち上げ、宇宙で膨らませることもできるというわけです。

スカイラブの逆襲、火星行きはどうなる?

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ところで、スペースシャトルは引退したのですから、これからはスカイラブのように大きなロケットを使えば、膨張式でなくても大きなモジュールを打ち上げることができます。また、大きなロケットは重いモジュールを運ぶことができます。膨張式モジュールは風船ですから、軽いけれどからっぽです。様々な設備を備えるためには結局、別のロケットで設備だけを送る必要があります。

そこで、超大型ロケット「SLS」を使って最初から巨大なモジュールを打ち上げる、その名も「スカイラブII」という構想があります。「SLS」は月や火星の有人探査のために開発中のロケットで、「サターンV」とほぼ同じ能力を持っています。この超大型ロケットを使い、「トランスハブ」と同じ直径8.5mのモジュールを直接、地上から打ち上げてしまおうというのです。しかも「SLS」が運ぶことができる重量は140tもありますから、内部の設備はもちろん、太陽電池など外部の設備も一緒に打ち上げることができます。元祖のスカイラブもそうでしたが、別のロケットで何度も打ち上げて組み立てるより大きなロケットでまとめて打ち上げる方が、宇宙での作業が減って楽なのです。なにしろ、作業用に宇宙飛行士を打ち上げるだけで数十億円もかかるのですから。

2020年代に始まりそうな、宇宙ホテルと有人火星探査。ビゲローの膨張式モジュールと「スカイラブII」のどちらが成功するのか、それとも長所を生かして共存するのか。いずれにせよ、それほど遠い未来の話ではなさそうです。

Image credit: NASA, Bigelow Aerospace


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大貫 剛
東京都庁に技術職職員として11年間勤務後、民間宇宙開発を志して退職。ベンチャーを経て、宇宙開発や前職の経験を生かして公共事業に関する解説などの、情報発信をしている。宇宙作家クラブ会員。

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