アメリカのヒーロー、ジョン・グレン宇宙飛行士が“ヒーロー”と呼んだ最愛の人

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「いいかい? もし副大統領だろうがTV局だろうが、家に来てほしくないと君が思っているなら、連中は絶対入って来ない。僕は絶対に君の味方だから、奴らにそう言ってやろう! ジョンソンだろうがなんだろうが、家にはつま先だって入らせないから」

アメリカ初の有人宇宙計画“マーキュリー計画”の7人の宇宙飛行士、マーキュリー7を描き、映画化されたドキュメンタリー小説『ライトスタッフ』の中で、ジョン・グレン宇宙飛行士が愛妻アニー・グレンさんにこう話すシーンがあります。1962年、アメリカで初めてソヴィエト連邦に追いついて地球周回を達成したグレン宇宙飛行士の妻として、アニー・グレンさんはメディアの注目の的となろうとしていました。吃音の障害をもち、好奇の目にさらされることを望まないアニーさんを励ましているのです。

愛称アニーさんこと、アナ・マーガレット・キャスターさんとジョン・ハーシェル・グレンさんは「お互いのことを知らなかったころを覚えていない」というほど小さなころからの幼なじみ。1923年、アニーさんが3歳のころにキャスターさん一家はオハイオ州の町に引っ越してきて、グレンさんの家と近所になりました。アニーさんと1歳年下のジョン君はすぐに仲良くなり、子供時代は一緒に遊んで過ごした親友だったといいます。

アニーさんには、言葉の80%以上でどもってしまうという吃音の障害があり、人前であまり話したがりませんでした。ときには姉妹でさえ、アニーさんの言葉を引き取って先に話してしまうことがあったといいますが、ジョン・グレンさんは決してそれをしなかったといいます。

二人は仲良しのまま同じ高校へ進学して、そこで恋人になりました。進学先の大学も同じ。しかし、工学の学位を取らずにグレンさんは海兵隊に入隊し、任務につくことになります。2人は結婚して、アニーさんは戦地に赴いた夫の帰りを待つことになりました。

第2次世界大戦、朝鮮戦争に従軍したジョン・グレンさんは、戦後に軍のテストパイロットから宇宙飛行士に選抜され、1962年2月20日、マーキュリー・アトラスロケットに搭載された宇宙船“フレンドシップ7”に搭乗してアメリカ初の地球周回宇宙飛行を達成します。アメリカのヒーローとなったジョン・グレンさん。冒頭の写真は帰還したフレンドシップ7の傍らに立つジョン・グレンさん、赤いスーツのアニーさん、そして、背中を向けているのはジョン・F・ケネディ大統領です。

歴史的偉業を達成したジョン・グレンさんですが、マーキュリー計画に続くアポロ計画には参加せず、1964年にNASAを引退して、事業を始めた後に1974年からオハイオ州選出の上院議員を24年間努めます。1984年には民主党の大統領候補にもなっていますが、予備選挙で落選することとなりました。
宇宙飛行士の妻から、今度は上院議員の妻となり、公の場に出ることも多くなったアニーさん。マーキュリー計画のときには、夫の庇護のもとに人前で話すことを避けていましたが、公的な活動をするようになってからは違いました。1973年、専門機関で徹底的なトレーニングを受け、吃音を克服したのです。それまで、電話をかけたり、交通機関の切符を取ったり、買い物に出かけるといった当たり前の生活に困難を感じていたアニーさんですが、ショッピングセンターに出かけて店で普通に買物をする、という偉業を成し遂げます。家に帰ってきて、ジョン・グレンさんに「私、あなたに何年も言わなきゃと思ってたの」と話しかけたアニーさん。続いて出た言葉は「靴下はちゃんと拾ってね」だそう。こんなちょっとしたお小言も、吃音障害を抱えていたときには気軽にはいえなかったのです。そして、言葉の障害を持つ人の経験や困難について、話す活動をはじめました。

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アメリカ国立衛生研究所(NIH)の聴覚障害とコミュニケーション障害に関する諮問委員会に貢献するなど長年に渡り活動を行い、1993年にアニー・グレンさんはアメリカン・スピーチ・アンド・ヒヤリング・アソシエーションから「コミュニケーション障害を持つ人々を勇気づけた」として表彰されます。また、“アニー・グレン賞”というコミュニケーション障害を持ちながらも偉業を達成した人に贈られる賞が創設されました。第1回の受賞者は、吃音を克服して俳優となり『スター・ウォーズ・シリーズ』のダース・ベイダーの声優として知られるジェームズ・アール・ジョーンズさんです。

一方で、ジョン・グレンさんは1997年に上院議員をの職を辞して翌年、1998年に再びNASAの宇宙計画に参加。1998年10月には、スペースシャトル“ディスカバリー”号に搭乗して人類最高齢となる77歳での宇宙飛行を行いました。一緒に搭乗したのは、医師で日本人初の女性宇宙飛行士である向井千秋さん。宇宙医学によって「人の身体の問題の解明が進む」ということを強く印象づけたフライトでした。

このときのフライトには、当時のビル・クリントン大統領による政治的パフォーマンスの影響があるという批判が存在することも確かです。ですが、上院で加齢に関する問題を取り扱う委員会のメンバーであったジョン・グレン宇宙飛行士は自らを「加齢に関する研究のモルモットになる」と述べ、骨量減少や免疫への影響など宇宙医学に貢献しているのです。こうした、加齢やコミュニケーション障害という人類共通の課題に自分の人生を捧げるという点において、ジョン、アニー・グレン夫妻の姿勢は呼応しているようにも思われます。

最高齢の宇宙飛行士によるフライトというミッション遂行後、ジョン・グレンさんとアニー・グレンさんはオハイオ州立大学にジョン・グレンさんの名前を冠した公共政策研究コースを設けるなど教育に取り組む活動を2人で続けていました。2012年には大統領自由勲章を受け、生涯「アメリカのヒーロー」だったジョン・グレンさん。2014年に心臓の手術を受けるなど高齢による健康上の問題も抱えており、2016年12月にオハイオ州の病院に緊急入院。アメリカのヒーローが「僕のヒーロー」と呼び、73年間の結婚生活を共にした愛妻のアニー・グレンさんと子供たちに看取られ、2016年12月8日に95歳で亡くなりました。

マーキュリー計画の7人の宇宙飛行士の中では、ジョン・グレンさんは最後に地上を旅立っていった人になります。ほかの6人と再会し、しばらくは「靴下はちゃんと拾って」とお小言をもらわない生活を楽しんでいるかもしれません。

■参考文献
The John & Annie Glenn Museum
http://johnglennhome.org/

NASA – An Historic Meeting
https://www.nasa.gov/multimedia/imagegallery/image_feature_763.html

THE OHIO STATE UNIVERSITY JOHN GLENN COLLEGE OF PUBLIC AFFAIRS
Annie Glenn An Amazing Life
http://glenn.osu.edu/about/annie-glenn/

『The Right Stuff』Tom Wolfe

『Spaceshots & Snapshots of Projects MERCURY & GEMINI』
Bisney & Pickering

Image credit: NASA

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秋山 文野
IT実用書から宇宙開発へ分野を移してはたらく編集/ライター。各国宇宙機関のレポートを読み込むのが日課。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、書籍『図解ビジネス情報源 入門から業界動向までひと目でわかる 宇宙ビジネス』(共著)など。宇宙エレベーター協会会員。

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